僕はヒーローになりたい〜KAZULOG〜

30歳になったサラリーマンの逆転物語・・・になるはず。

否定する方が楽なんだけど、ダサいよね。

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昔から思うんだけどさ、否定から入る人間って多くない?


ネット社会もリアルな社会(特に企業社会)もね。

 

何でもかんでも批判から入る人とは関わりたくないし、僕自身そんな人にならないように気をつけないとね。

 


なんで批判人間が多いか考えてみた。

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なんでこんなにも批判人間って多いんだろう?


僕の会社にもTwitterにもあまりにも目につくので考えてみました。

 

そして僕の行き着いた理由は大きく2つ。

 

①賢く見られたい

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まずはこれが一番だと思うな。

 

自分はこんなとこまで気づくんだぞ、こんなところまで気がまわるんだぞっていうアピールになるからね。

 

特にサラリーマンしている人なら分かると思うけど、企業には特にこの傾向が顕著。

 

まあそのプロジェクトが失敗した時に「だからあの時言ったのに」って言えますからね。
成功した時は咎める人がいないから全スルーできるもんね。

 

これも全て自分は他より賢くみられたい、認められたいっていう承認欲求が強すぎなんだろうね。

 

僕から言わせたらこんなのクソなんだけどね。

 

②批判するほうが楽

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そしてもう一つ考えられるのは批判するのは圧倒的に楽なんですよ。

 

だって完璧なプロジェクトなんて滅多にないからね

 

普通プロジェクト、プレゼンなんて何個も穴があって当然なんですよ。

 

ほとんどのプロジェクトなんてやってみなきゃ分かんないことばっかなんだから。
やりながらおかしい所を軌道修正していけばいいのにね。

 

批判ばっかしてたらいつまで経ってもプロジェクトなんてスタートすら出来ないよ。

 


批判するなら代替案まで言えよ!!

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これが僕が最近良く思うこと。

 

批判精神を持つことは凄い大事だと思う。
批判せずなんでもかんでもイエスマンばかりなら社会への存在価値はないからね。

 

ただ大事なのは批判するだけでなく、その代替案を言えるかどうかってことだと思う。

 

批判するだけなら上でも書いたように誰でも簡単に出来るから。

 

「こういう風にした方がいいんじゃないか」
ここまで言えるのが大人として大事だと僕は思うよね。

 

Twitterとかで匿名だからってクソミソ書くのは一番クズだよね。


SNSこそ批判せず同調してあげる、失敗したら笑ってあげる、こんなSNSの社会が理想だと思うんだけどな。

 

まとめ


あまりに批判人間が眼につくので書きました。

 

批判精神を持ちつつ、代替案まで言える人間になりましょうよ。
そしたら批判される方の人間も気分がいいしね。

 

こんな社会になったら良いな。

 

では!!